活動報告:2007年
第26回「新」教育基本法の違憲性をつく!
2007-03-03
■2007年3月3日(土)13:00〜 日本教育会館7階 703号室
■主催:国民教育文化総合研究所
■共催:平和・人権・民主主義の教育の危機に立ち上がる会
■協賛:日本教育会館
■問題提起
長谷川 孝(コーディネーター、立ち上がる会世話人)
永井 憲一(法政大学名誉教授、立ち上がる会代表
石井小夜子(弁護士、教育総研副代表、立ち上がる会呼びかけ人)
石川多加子(金沢大学助教授)
●夜間公開研究会の論議から
教育総研は、教育基本法改悪強行という政治状況を受けて2007年3月3日、東京・一ツ橋の日本教育会館で第26回「夜間公開研究会」を開き(共催:「平和・人権・民主主義の教育の危機に立ち上がる会」、協賛:日本教育会館)、その違憲性をえぐり出す論議を重ねた。「立ち上がる会」から代表の永井憲一さん(法政大学名誉教授)と呼びかけ人の石井小夜子さん(弁護士。教育総研副代表)が、また憲法学者として石川多加子さん(金沢大学助教授)が報告し、教育評論家、長谷川孝さん(「立ち上がる会」呼びかけ人)の司会で熱のこもった話し合いを続けた。
永井さんは、「基調報告」の中で「『新』教育基本法は、この法律が本来持っている『準憲法的地位』を無視し、近代立憲主義に違反し、行政権独走の典型例であり、国際条約に違反する暴挙である」と厳しく批判し、次のように述べた。
「憲法に準ずるものであるから改憲後でなければ改正はできないはずだ。まず手続きの上で疑義がある。また、現憲法はアメリカによって押し付けられたものであるという『押し付け論』が『改憲論』の根拠になっていて、その議論は、教育基本法にも及んでいるが、これは事実ではない。日本側の意志が反映されている証拠がある。
次に、現憲法は、力による支配ではなく、国民の意思に基づく社会的合意によって作られた法を政府が守ることを原則とする『立憲主義』に立っているが、それだけにとどまらない。他の人はあまり言及しないが、日本国憲法は、『人権宣言書』なのである。立憲主義の基本には、『三権分立』という極めて重要な大原則があるはず。もし、国会の論議のなかで行政権が他に優越するような事態になれば、それは、立憲主義を崩壊させ、その根本を揺るがしかねない憂慮すべき状況を招くことにつながる。行政権の独走は厳に戒めなければならない。だが、現実にはどうであったか。
さらに『確立された国際条約』は、政治に優先するはずである。この点、『子どもの権利条約』に明確に示されている『子どもの人権』について今回の教育基本法論議のなかでどれほど重視されたか。これもまた現実には不十分と言わざるを得ない。
教育基本法は、日本の専門家自身が入念に検討を加えたという成立過程によって明らかなように、憲法の場合よりはるかに『自主的な性格』を持つ存在である。そして、私の持論だが、その目的は『主権者として国の政治に参加し、国の政治を判断するにふさわしい人間』、言い換えると、『日本国憲法が目標に掲げる平和で民主的な社会の担い手である主権者』を育てるところになければならないはずであり、それに反することを政府が行おうとするとき、断固反対を主張できる権利を保障する存在なのである。
では、この意味を踏まえながら教育基本法をめぐる論議を振り返ってみると、『思うにこれらの詔勅の根本的理念が主権在君並びに神話的国体観に基づいている事実は明らかに基本的人権を損ない、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる。よって憲法第九八条の本旨に従い、ここに衆議院は院議を以って、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ちにこれらの謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである』と宣言した1948(昭和23)年6月19日の『衆議院決議』および、『われらはここに、教育の真の権威の確立と国民道徳の振興のために、全国民が一致して教育基本法の明示する新教育理念の普及徹底に努力をいたすべきことを期する』と明言した同日の『教育勅語等の失効確認に関する参議院決議』を無視するものと言わざるを得ない。同じ国会という舞台で行われたこの『決議』を国会としてどう考えるのか、まったく議論がなされなかった。『決議』についてこれを否定するのか肯定するのか、衆参両議院の場で確認すべきではなかったのか。
さらに今回、国会における論議の中で『教育関係法令の解釈及び運用に関しては、教育基本法の趣旨、目的にかなうよう考慮が払われなければならない』とした1976 年5月21日の最高裁判決(『旭川学テ訴訟』)に関し、ほとんど質疑が交わされなかった。これは、同判決に違背するものといわざるを得ない。
いわゆる『やらせ』が顕在化した『公聴会』について解決策が示されないまま強行採決に至った経緯は、国民や教師の意思を軽視、もしくは無視する行政権の非合理的な独走である」
続いて報告者としてまず、石井さんは、「『新』教育基本法は、自民党『新憲法草案』と合致する。幼稚園から大学まで『公の意思』貫徹が狙い。新憲法草案も『新』教育基本法も、国家を制約するという立憲主義を逆転させ、国民を規制する方向を鮮明に打ち出している。自民党の新憲法草案は、『国民はこれを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公共の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う』と述べるが、『個人の尊厳』はなによりも大切な権利ではなかったのか」と反論を加える。
次の報告者、石川さんも安倍首相が言う「美しい国」、「防衛省の発足」などに言及しながら「思想・良心の自由、学問の自由、信教の自由が危ない。日の丸・君が代を強制する動きにより一層、注目しなければならない。『教育勅語』が明示した『一旦緩急アレバ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スへシ』につながる動きととらえなければならない」と深い懸念を表明した。
参加者からは、「なぜ改悪を許してしまったのか、入念に検討すべきではないか」「教育学者・研究者は猛省すべきときではないか」との声があがり、締めくくりの討論に立ったジャーナリスト、矢倉泰久さん(「立ち上がる会から」呼びかけ人)は「改悪された『新』を『国家教育基本法』と、また、戦後を生き続けた『旧』を『民主教育基本法』と呼ぼう」と提案し、拍手を浴びた。
なお、教育総研編集の季刊誌「教育と文化」47号(4月20日刊行予定)は「新教育基本法は憲法違反だ」と題し、特集を組んでいる。お読みいただきたい。
■主催:国民教育文化総合研究所
■共催:平和・人権・民主主義の教育の危機に立ち上がる会
■協賛:日本教育会館
■問題提起
長谷川 孝(コーディネーター、立ち上がる会世話人)
永井 憲一(法政大学名誉教授、立ち上がる会代表
石井小夜子(弁護士、教育総研副代表、立ち上がる会呼びかけ人)
石川多加子(金沢大学助教授)
●夜間公開研究会の論議から
教育総研は、教育基本法改悪強行という政治状況を受けて2007年3月3日、東京・一ツ橋の日本教育会館で第26回「夜間公開研究会」を開き(共催:「平和・人権・民主主義の教育の危機に立ち上がる会」、協賛:日本教育会館)、その違憲性をえぐり出す論議を重ねた。「立ち上がる会」から代表の永井憲一さん(法政大学名誉教授)と呼びかけ人の石井小夜子さん(弁護士。教育総研副代表)が、また憲法学者として石川多加子さん(金沢大学助教授)が報告し、教育評論家、長谷川孝さん(「立ち上がる会」呼びかけ人)の司会で熱のこもった話し合いを続けた。
永井さんは、「基調報告」の中で「『新』教育基本法は、この法律が本来持っている『準憲法的地位』を無視し、近代立憲主義に違反し、行政権独走の典型例であり、国際条約に違反する暴挙である」と厳しく批判し、次のように述べた。
「憲法に準ずるものであるから改憲後でなければ改正はできないはずだ。まず手続きの上で疑義がある。また、現憲法はアメリカによって押し付けられたものであるという『押し付け論』が『改憲論』の根拠になっていて、その議論は、教育基本法にも及んでいるが、これは事実ではない。日本側の意志が反映されている証拠がある。
次に、現憲法は、力による支配ではなく、国民の意思に基づく社会的合意によって作られた法を政府が守ることを原則とする『立憲主義』に立っているが、それだけにとどまらない。他の人はあまり言及しないが、日本国憲法は、『人権宣言書』なのである。立憲主義の基本には、『三権分立』という極めて重要な大原則があるはず。もし、国会の論議のなかで行政権が他に優越するような事態になれば、それは、立憲主義を崩壊させ、その根本を揺るがしかねない憂慮すべき状況を招くことにつながる。行政権の独走は厳に戒めなければならない。だが、現実にはどうであったか。
さらに『確立された国際条約』は、政治に優先するはずである。この点、『子どもの権利条約』に明確に示されている『子どもの人権』について今回の教育基本法論議のなかでどれほど重視されたか。これもまた現実には不十分と言わざるを得ない。
教育基本法は、日本の専門家自身が入念に検討を加えたという成立過程によって明らかなように、憲法の場合よりはるかに『自主的な性格』を持つ存在である。そして、私の持論だが、その目的は『主権者として国の政治に参加し、国の政治を判断するにふさわしい人間』、言い換えると、『日本国憲法が目標に掲げる平和で民主的な社会の担い手である主権者』を育てるところになければならないはずであり、それに反することを政府が行おうとするとき、断固反対を主張できる権利を保障する存在なのである。
では、この意味を踏まえながら教育基本法をめぐる論議を振り返ってみると、『思うにこれらの詔勅の根本的理念が主権在君並びに神話的国体観に基づいている事実は明らかに基本的人権を損ない、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる。よって憲法第九八条の本旨に従い、ここに衆議院は院議を以って、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ちにこれらの謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである』と宣言した1948(昭和23)年6月19日の『衆議院決議』および、『われらはここに、教育の真の権威の確立と国民道徳の振興のために、全国民が一致して教育基本法の明示する新教育理念の普及徹底に努力をいたすべきことを期する』と明言した同日の『教育勅語等の失効確認に関する参議院決議』を無視するものと言わざるを得ない。同じ国会という舞台で行われたこの『決議』を国会としてどう考えるのか、まったく議論がなされなかった。『決議』についてこれを否定するのか肯定するのか、衆参両議院の場で確認すべきではなかったのか。
さらに今回、国会における論議の中で『教育関係法令の解釈及び運用に関しては、教育基本法の趣旨、目的にかなうよう考慮が払われなければならない』とした1976 年5月21日の最高裁判決(『旭川学テ訴訟』)に関し、ほとんど質疑が交わされなかった。これは、同判決に違背するものといわざるを得ない。
いわゆる『やらせ』が顕在化した『公聴会』について解決策が示されないまま強行採決に至った経緯は、国民や教師の意思を軽視、もしくは無視する行政権の非合理的な独走である」
続いて報告者としてまず、石井さんは、「『新』教育基本法は、自民党『新憲法草案』と合致する。幼稚園から大学まで『公の意思』貫徹が狙い。新憲法草案も『新』教育基本法も、国家を制約するという立憲主義を逆転させ、国民を規制する方向を鮮明に打ち出している。自民党の新憲法草案は、『国民はこれを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公共の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う』と述べるが、『個人の尊厳』はなによりも大切な権利ではなかったのか」と反論を加える。
次の報告者、石川さんも安倍首相が言う「美しい国」、「防衛省の発足」などに言及しながら「思想・良心の自由、学問の自由、信教の自由が危ない。日の丸・君が代を強制する動きにより一層、注目しなければならない。『教育勅語』が明示した『一旦緩急アレバ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スへシ』につながる動きととらえなければならない」と深い懸念を表明した。
参加者からは、「なぜ改悪を許してしまったのか、入念に検討すべきではないか」「教育学者・研究者は猛省すべきときではないか」との声があがり、締めくくりの討論に立ったジャーナリスト、矢倉泰久さん(「立ち上がる会から」呼びかけ人)は「改悪された『新』を『国家教育基本法』と、また、戦後を生き続けた『旧』を『民主教育基本法』と呼ぼう」と提案し、拍手を浴びた。
なお、教育総研編集の季刊誌「教育と文化」47号(4月20日刊行予定)は「新教育基本法は憲法違反だ」と題し、特集を組んでいる。お読みいただきたい。