活動報告:2008年
悉皆の全国学力・学習状況調査の中止を
2008-09-05
文部科学省は2008年4月22日に行われた2008年度の「全国学力・学習状況調査」の結果を8月29日公表した。この結果と文部科学省の説明を見る限り、成果よりは問題が数多く生じている。昨年度の結果公表に際して教育総研は「全国一斉の悉皆調査は不要」とするコメント【PDF】を出したが、今回もほぼ同じ趣旨で「不要」と言わざるを得ない。その理由は以下の通りである。
なお、教育総研としての詳しい分析は後日公表する予定である。
1.「学力向上」という蟻地獄
文部科学省の説明によれば、「20 年度調査は、19 年度と比べやや難しい内容となっており、各教科の平均正答率が低くなっているが、過去の調査と同一の問題の正答状況等を踏まえると、学力が低下しているとはいえない。」という。もちろん「学力が向上した」わけではないが、これは問題の難易度によって簡単に点数は操作できるということも意味している。
2007年度調査以前から、全国各地で対策が講じられ、今年度になって一層それに拍車がかかっている現状からすると、「低下もしていないが、向上もしていない」という評価は非常にゆがんだ努力を現場に強いることになる。
同じ程度の問題にすれば、「下がったか、上がったか」の比較はできる。しかし、難度をあげれば学力のレベルを「上げる」ことは容易ではない。なぜ、難度を上げたのか。
一つには、なかなか上がらない学力のレベルを示すことで、学校や教育委員会といった現場を論難し、たえず尻を叩くことに狙いがあると疑わざるを得ない。学校は学力向上の努力がたりないと批判され、いっそうその対策を迫られる。
二つには、前回はだんご状態にあったトップ層の点数に格差をつけ、子どもたちに競争意識をうえる、という意図も感じられる。
来年も行うという調査で、また、難度をあげた問題が出されればどうなるか。学校は蟻地獄のなかでもがくだけであり、子どもたちは点数アップのための競争を強いられる。これでは 学校教育本来の役割が大いにゆがめられてしまう。
2.テストの成績アップのための対策学習
全国各地で対策が講じられたという報道がなされている。テストの成績アップをめざした対策的な学習や指導が学校教育に蔓延すると、成績として数値化される学力だけに焦点があてられ、測定しにくい学力や調査の対象とならない教科(たとえば芸術系)学習は軽視される。さらに「総合的な学習の時間」や「特別活動」も軽視されていくことになる。
また、教育委員会が事前対策を指示したところもある。いや、ほとんどの都道府県で事前対策が行われたともいわれている。学校教育における学習と指導が、さらに家庭での学習でさえもテスト対策に収れんされていく。これも学習や学校教育の本末転倒である。
悉皆の学力調査を行っているイングランドで「テストのための指導」が広く蔓延し、「子どもたちの思考力や表現力、読書力など、学力の大切な部分の低下を招いている」との指摘もある(阿部菜穂子『イギリス「教育改革」の教訓』岩波ブックレット、2007年、25頁)。また、ケンブリッジ大学のグループの調査によると「美術、演劇、音楽、情報通信技術といった教科がおろそかにされ、昼休みとか放課後のクラブ活動で部分的に埋め合わされていく。これらの創造的活動にあてられる授業時間の減少は、教員自身の創造性のセンスの減少と一致していく」(福田誠治『全国学力テストとイギリス』アドバンテージサーバー、2007年)という。
イングランドの失敗の教訓に学ぶ必要がある。
3.見逃せない問題
2008年度の学力・学習状況調査の実施に際し、小学校では前年度に引き続き「株式会社ベネッセ」に、中学校では「株式会社内田洋行(株式会社教育測定研究所、前年度はNTT)」に業務委託をし、約60億円もの大金をつぎ込んだ。両者ともに教育に深くかかわる企業である。
これらの企業は個々の学校のデータを含む全国の膨大なデータを国のお金で入手したことになる。このデータをもとに、企業としての経営戦略をたてるという、きわめて有利な状況が生み出されている。
文部科学省が昨年度の調査結果の分析にために設置した「全国学力・学習状況調査の分析・活用の推進に関する専門家検討会議」が2008年8月7日に公表した結果によると、(1)規則正しい生活・学習習慣と学力との関係が比較的強いことが示唆される、(2)習熟度別・少人数指導が学力向上に効果があがる傾向がある、という。
「習熟度別指導」の効果については別の評価もあるが、それ以外の結果分析に関しては各地で行われている各種の学力調査で明らかであり、約60億円をかけて全国を対象にした悉皆調査を行う必要などなかろう。
むしろ、就学援助率などとのクロス分析結果を出していないことが大問題である。「なぜ規則正しい生活・学習習慣ができないのか」、「なぜ朝ごはんが食べられないのか」という点にまで踏み込んだ分析を行っていないことをも合わせ考えると、教員の指導方法や家庭での親の態度に問題を押しつける意図が感じられてならない。
学校の置かれている地域の条件による「学力格差」があること、それは単なるテスト対策では克服できないことも判明している。これらの格差をどう克服していくかということに教育行政は全力を注ぐべきである。
特定の企業に情報を集めるために全国学力調査を実施し多大な資金を出すよりも、それを中止し、とりあえずは少人数学習や、さらには30人以下学級のためにその経費を使うことが先決であろう。
なお、教育総研としての詳しい分析は後日公表する予定である。
1.「学力向上」という蟻地獄
文部科学省の説明によれば、「20 年度調査は、19 年度と比べやや難しい内容となっており、各教科の平均正答率が低くなっているが、過去の調査と同一の問題の正答状況等を踏まえると、学力が低下しているとはいえない。」という。もちろん「学力が向上した」わけではないが、これは問題の難易度によって簡単に点数は操作できるということも意味している。
2007年度調査以前から、全国各地で対策が講じられ、今年度になって一層それに拍車がかかっている現状からすると、「低下もしていないが、向上もしていない」という評価は非常にゆがんだ努力を現場に強いることになる。
同じ程度の問題にすれば、「下がったか、上がったか」の比較はできる。しかし、難度をあげれば学力のレベルを「上げる」ことは容易ではない。なぜ、難度を上げたのか。
一つには、なかなか上がらない学力のレベルを示すことで、学校や教育委員会といった現場を論難し、たえず尻を叩くことに狙いがあると疑わざるを得ない。学校は学力向上の努力がたりないと批判され、いっそうその対策を迫られる。
二つには、前回はだんご状態にあったトップ層の点数に格差をつけ、子どもたちに競争意識をうえる、という意図も感じられる。
来年も行うという調査で、また、難度をあげた問題が出されればどうなるか。学校は蟻地獄のなかでもがくだけであり、子どもたちは点数アップのための競争を強いられる。これでは 学校教育本来の役割が大いにゆがめられてしまう。
2.テストの成績アップのための対策学習
全国各地で対策が講じられたという報道がなされている。テストの成績アップをめざした対策的な学習や指導が学校教育に蔓延すると、成績として数値化される学力だけに焦点があてられ、測定しにくい学力や調査の対象とならない教科(たとえば芸術系)学習は軽視される。さらに「総合的な学習の時間」や「特別活動」も軽視されていくことになる。
また、教育委員会が事前対策を指示したところもある。いや、ほとんどの都道府県で事前対策が行われたともいわれている。学校教育における学習と指導が、さらに家庭での学習でさえもテスト対策に収れんされていく。これも学習や学校教育の本末転倒である。
悉皆の学力調査を行っているイングランドで「テストのための指導」が広く蔓延し、「子どもたちの思考力や表現力、読書力など、学力の大切な部分の低下を招いている」との指摘もある(阿部菜穂子『イギリス「教育改革」の教訓』岩波ブックレット、2007年、25頁)。また、ケンブリッジ大学のグループの調査によると「美術、演劇、音楽、情報通信技術といった教科がおろそかにされ、昼休みとか放課後のクラブ活動で部分的に埋め合わされていく。これらの創造的活動にあてられる授業時間の減少は、教員自身の創造性のセンスの減少と一致していく」(福田誠治『全国学力テストとイギリス』アドバンテージサーバー、2007年)という。
イングランドの失敗の教訓に学ぶ必要がある。
3.見逃せない問題
2008年度の学力・学習状況調査の実施に際し、小学校では前年度に引き続き「株式会社ベネッセ」に、中学校では「株式会社内田洋行(株式会社教育測定研究所、前年度はNTT)」に業務委託をし、約60億円もの大金をつぎ込んだ。両者ともに教育に深くかかわる企業である。
これらの企業は個々の学校のデータを含む全国の膨大なデータを国のお金で入手したことになる。このデータをもとに、企業としての経営戦略をたてるという、きわめて有利な状況が生み出されている。
文部科学省が昨年度の調査結果の分析にために設置した「全国学力・学習状況調査の分析・活用の推進に関する専門家検討会議」が2008年8月7日に公表した結果によると、(1)規則正しい生活・学習習慣と学力との関係が比較的強いことが示唆される、(2)習熟度別・少人数指導が学力向上に効果があがる傾向がある、という。
「習熟度別指導」の効果については別の評価もあるが、それ以外の結果分析に関しては各地で行われている各種の学力調査で明らかであり、約60億円をかけて全国を対象にした悉皆調査を行う必要などなかろう。
むしろ、就学援助率などとのクロス分析結果を出していないことが大問題である。「なぜ規則正しい生活・学習習慣ができないのか」、「なぜ朝ごはんが食べられないのか」という点にまで踏み込んだ分析を行っていないことをも合わせ考えると、教員の指導方法や家庭での親の態度に問題を押しつける意図が感じられてならない。
学校の置かれている地域の条件による「学力格差」があること、それは単なるテスト対策では克服できないことも判明している。これらの格差をどう克服していくかということに教育行政は全力を注ぐべきである。
特定の企業に情報を集めるために全国学力調査を実施し多大な資金を出すよりも、それを中止し、とりあえずは少人数学習や、さらには30人以下学級のためにその経費を使うことが先決であろう。
教育総研運営会議