教育総研は、教育・文化や教育運動のあり方について幅広い研究を積み重ね、同時に学校現場の課題を意識しながら、今日的視点にたった政策提言を行っています。

qrcode.png
http://www.k-soken.gr.jp/
モバイルサイトにアクセス!
一般財団法人
教育文化総合研究所
〒101-0061
東京都千代田区神田三崎町3-3-20
スカイワードビルディング6F
TEL.03-3230-0564
FAX.03-3222-5416
Google

WWW を検索
www.k-soken.gr.jp を検索
 
 

活動報告

 

活動報告:2006年

活動報告:2006年
4
 
子どもの側から虐待を考える研究委員会報告書
2006-06-30
子どもの側から虐待を考える研究委員会の報告書が完成しました。
 
第23回 子どもの視点から「虐待」を考える
2006-06-12
■2006年6月12日
井上  仁 日本大学教授(元児童福祉司)
石井小夜子 弁護士
内田 良子 子ども相談室「モモの部屋」主催
 
 
去る6月12日(月)18時半より、子どもの視点から「虐待」を考える、と題して第23回夜間公開研究会が行われた。児童虐待は今日の大きな社会問題のひとつであり、児童虐待防止法も施行されている。しかし、これまで子どもの視点から虐待がもつさまざまな問題点や防止方法について十分に議論が形成されてきたとはいいがたい。実際、児童福祉司が相手にするのは、ほとんどが親(とくに母親)である。また、虐待は、家庭内における親からの暴力等の問題として取り上げられることが多いが、子どもが虐待を受けるのは家庭ばかりではなく、学校においてもありうることであり、実際に多くの深刻なケースが報告されている。

以上のような視点から、井上仁さん(日本大学教授、元児童福祉司)、石井小夜子さん(弁護士)、内田良子さん(子ども相談室「モモの部屋」主催)から虐待の実態や防止等に関して報告がなされ、会場からの意見や提案も交えながら、虐待の防止にとって学校や地域で何ができるのか、議論された。

たとえば児童自立支援施設にいる子どもたちの多くが虐待を受けているのであるが、多くの場合、非行という切り口で彼らの問題が把握されていくことで、子どもからのサインを見逃してしまうこと、そして子ども自身の責任問題として把握されていくことについての指摘がなされた。さまざまな少年事件においても、背後に虐待の事実があるとの指摘は以前からなされてはいるものの、犯罪の部分がクローズアップされ、それに対して厳罰を求める方向で世論が動こうとした場合、ひとりの子どもに対して虐待の被害者であり、同時に犯罪の加害者であるという別々の枠でのとらえ方をすることになっていく。

また、虐待を把握した場合には、児童相談センターのやることは、まずは子どもの安全を第一にさまざまな措置を取ることなのであるが、実際には未就学あるいは小学校低学年といった幼い子が多く、家族からの分離はそれ自体の是非も含めてそううまくはいかず、多くは在宅のままでの支援ということになっていること、大人の考えでは、保護することを第一としやすいが、地域のなかでその子が暮らし続けていくためは何が必要なのか、この点になかなか考えが及ばないのが現実であることが報告された。

つぎに、学校で受けた被害(とくに教師からの暴力等、しかもそれは教室あるいは部活動といういわば密室で起こる)を虐待ととらえていくことの必要性について報告された。たとえば不登校は家庭の問題とされてしまうことが多いが、実際には教師による体罰の直接・間接の経験が背後に存在している場合がある。そして、子どもにとって一番傷つくことは、学校のなかで誰も自分を助けてくれる大人(教師)がいないことなのである。

しかし、文科省の不登校対策といえば、学校復帰に向けた対策であり、そもそもなぜ学校に来られなくなったのかを問う視点が欠けている。数値目標を掲げ、不登校の数を見た目の上で減らすことに力が注がれる。このこと自体が、さらに虐待の追い討ちとなっていることに大人たちはなかなか気がつかない。

以上のように、家庭そして学校における虐待は、子どもから見ると、しつけの一環として、あるいは教育的な指導の一環として認識されていくことが多い。また、虐待として認識していたとしても、子どもは容易には本当のことは言わないものであり、これが虐待を一層見えにくいものにしている。それは、家族を守るためであったり、自尊心を失わないためであったりする。

ところで、なぜ虐待は起こってしまうのか。そこにはもちろんいくつもの個別の事情が入り込んではくるが、少なくとも、大人の側に次のような条件がそろってきたときに発生することがある。ストレスや体の不調、また社会的に孤立した状態にあるとき、そしてそこに大人の意に沿わない子どもの態度・発言が重なったときである。ここに、早い・遅い、できる・できないといった「育ちの標準値」が情報としてもたらされるとき、子どもの成長を緩やかに見ようとする視点が失われ、競争の尺度の上で孤立した親子関係が形成されてくる。

では、どうすればよいのか。今回の公開研究会においては、まずは、地域でいかに子どもを支えていくか、また、親同士のネットワークをつくっていくことがポイントになるということが確認された。問題は、いかに子どもの安全を守るかである。子育て懇談会のようなものを、ごく少数の集まりでもよいから組織していくこと、語ることで問題を共有していくこと、そのことで問題が整理されていくことが大切である。

同時に、子ども自身が、誰かに話したいという気持ちを率直に出せる環境をつくっていくことも大切である。そのときに注意しなければならないことは、子どもは大人が指定した人に話すとは限らないということである。子どもは自分で話す人を選ぶものであり、それは1人いればよいのである。子どもに選ばれた大人が話を聞くということが重要なのである。
 
与党教育基本法改正に関する協議会
2006-04-13
「教育基本法に盛り込むべき項目と内容について(最終報告)」
 
その内容と問題点
最終報告は、2004年6月16日の中間報告への批判を意識し、多少文言・表現は異なっているが、基本的には同じものである。

最終報告は、「教育の目的」(現行第1条)から、「個人の価値をたっとび」が抜けていることに象徴されているように、人間の尊厳よりも国家の立場・利益を優先させる教育の推進を企図するものである。平和と人権の価値にもとづく教育が今日、ますます強く求められている状況を考えると、これを容認することはとてもできない。

「教育の目標」として、あらたに、国家が国民に求める徳目を教育目標として盛り込もうとしていることは、人権の基底をなす思想・良心の自由を尊重するという観点からみて憲法上、問題をはらんでいる。

個別の教育目標のなかで、中教審では盛り込まれていた「国を愛する心」について、「我が国と郷土を愛し」とされたが、心の自由を保障する、という点からも、また、国家を主体にする「国家中心の発想」であり、憲法上、さらに歴史の教訓に照らして望ましいことではない。

教育の目標のなかで、「男女の平等」が示される反面、中教審答申・中間報告と同様に「男女共学」が削除されているのも大きな問題である。男女の特性を強調する方向性が見え隠れしており、女性差別の容認することにつながる。

教育の機会均等に触れたところでは、「障害」のある者について触れられているが、「障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育が受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない」とされ、分離教育を固定化させかねないものになっている。

義務教育年限も法定されず、現行より後退させる余地を残すものである。

新たな項目として家庭教育が示され、その役割・目標も法定されているが、そもそも国家が法律で家庭教育に介入することに疑義がある。そればかりか、子育ての責任だけが強調され、子どもの権利条約でしめされた、子どもの権利を守るための親の権利については何ら触れてない。

さらに教員については「全体の奉仕者」が示されてない。その一方で教育の「崇高な使命の自覚」を求めている。「崇高さ」の強調は、戦前の聖職者教師を彷彿とさせる。また、学校教育の部分で、「教育を受ける者が、学校生活を営む上で必要な規律を重んずるとともに、自ら進んで学習に取り組む意欲を高めることを重視して行われなければならない」としたことは問題である。これは、教育する側の心構えを規定するものであり、この性格になじまない項目であるばかりか、法の性質を変えてしまうものであるという批判を受けた、中間報告の学習者側に対し「規律を守り、真摯に学習する態度」を回避するものである。そもそも「学校の規律」の中には憲法上問題があるものも多数あり、このような条項を入れることは憲法上も疑義がある。しかも、子どもには強制しないとした「日の丸・君が代」がいまや教職員の処分を通して強制している事態をもたらすおそれがある。

最後に第10条については、中間報告と表現は異なったが内容的にはまったく同じである。中間報告は、現行第1項の主語が「教育」となっているのに対し、「教育行政」になり、「教育行政は不当な支配に服することなく」と変えられていた。最終報告は、その批判をかわすかのように、「教育」はとなっているが、現行法にある「国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」はなくなり、すべて、教育行政の役割として規定されている。結局第10条第1項の「主語」は教育行政であり、教育行政は「不当な支配に服することなく」として教育行政以外(教育行政を批判する組合や市民等)の「不当な支配」を規制するものとなっている。

だが、そもそも現行法10条は、戦前において教育行政による教育への不当な支配があったことを反省し、その懸念を払拭するために規定されたものであり、教育基本法の理念の根幹を守るための条項である。最終報告は、現行法と発想をまったく逆転させてしまうものである。さらに、教育行政が法令に基づいてする行為も不当な支配になりうるとするのが最高裁判決(1976年旭川学テ最高裁大法廷)である。だが、最終報告は、「この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの」として、教育行政は、法律さえあれば、どのようなことも可能とするものであって(仮に、教育基本法に「愛国心」が入らなくても他の法律で定めれば可能となる)、教育基本法の根幹を否定し、現行の教育基本法とはまったく異なるものとなる。

最終報告は、基本的に中教審答申の趣旨を継承し、「大競争時代」との認識に立って、国家主義的方向と能力主義的方向とを組み合わせた国家主導の教育を押しすすめようとする内容となっており、同報告どおりに現行法が改定された場合、教育上、良心の自由を無視した「愛国心」の押し付けや選別の強化・格差の拡大など、さまざまな問題の発生が予想される。わたしたちは、子どもたちの幸福のために平和・人権・民主主義の教育が必要であると考える立場から、最終報告の内容に対して「ノー」の見解を表明するものである。


2006年4月17日 運営委員会
 
第22回「ジェンダー・フリーの教育は人権教育」
2006-03-13
■2006年3月13日
杉浦ひとみ 弁護士
星 恵子  日教組女性部長
 
 
3月13日、「ジェンダー・フリーの教育は人権教育」というタイトルで、杉浦ひとみさん(弁護士=写真)と星恵子さん(日教組女性部長)の報告を受けて、参加者と討議しました。杉浦さんは、性の逸脱行動がみられるようになったことにより、子どもたちが、性の大切さ、すなわち自分の大切を学ぶため、教職員と保護者が作り上げてき性教育について、ある日突然都教委が踏み込んできて、教材等を持ち去った、都立七生養護学校の「性教育問題」を報告されました。このケースは、教育基本法10条にある不当な行政の介入として、東京弁護士会から警告がなされましたが、東京都教委は意に介さず、現在、裁判中とのことでした。星さんは、昨年12月に発表された「男女共同参画基本計画」(第二次)の概要と問題点を指摘、ジェンダーによって制約をされるのではなく、一人ひとりが個性を生かして自分を生きることを目指すものであり、ジェンダー・フリーの教育は人権教育の一つであると指摘されました。その後参加者と話し合いが進みました。ジェンダー・フリーに対するバッシングの動き、その中での「男女共同参画基本法」(第二次)の後退などをみながら、こうした動きが進められることは何に行き着くのか見極める必要がある、「人権教育」とくくってしまうと「ジェンダー」という差別の問題がみえなくなってしまうのではなどの意見が出、活発な意見交換がなされました。
 
第22回「ジェンダー・フリーの教育は人権教育」のご案内
2006-03-13
■2006年3月13日(月)18:30〜20:30 日本教育会館8階806
■報告
  杉浦ひとみさん(弁護士)
  星 恵子さん(日教組女性部長)
■入場無料

男女共同参画社会基本法が制定され、自治体の条例づくりがすすんでいます。また、学校では、ジェンダー・フリーの教育もすすんでいます。その一方でバックラッシュも激しく、ジェンダー・フリーの挙王位区へも激しいバッシングがなされています。この動きの背景には、男女平等を否定し、性別特性論による伝統的な「家制度」復活を求めるものがあり、教育基本法改悪・憲法改悪などの動きと連動しています。

ジェンダー・フリーは世界の流れであるばかりか、ジェンダー・フリーの教育こそ、いまもっとも必要な人権教育のひとつです。

今回は、ジェンダー・フリーの教育へのバッシング状況を概観し、それを跳ね返し、よりジェンダー・フリーの教育がすすむため、どうしたらよいかを考える学習会を開催します。
 
第4回教育研究者ネット会議
2006-02-25
昨年度の札幌教研に引き続き、今年度の三重教研でも教育研究者ネット会議を、2006年2月25日の18時から開催した。場所は四日市のシティホテル。これで4回目を数えることになる。参加者は38人であった。
 
 
大谷恭子世話人の司会で、世話人の嶺井正也教育総研代表による経過報告、日教組の木下高大局長による三重教研の基調提案骨子の報告のあと、理科分科会共同研究者の山口幸夫さん(法政大学、原子力資料室)と、幼年期の教育と保育問題分科会共同研究者の井上寿美さん(子ども情報センター)から、それぞれ分科会でどういう議論がなされ、どんな課題があるかについて報告してもらい質疑を行った。

山口さんは共同研究者として参加した1990年の岡山教研以来の理科分科会での議論の積み重ねや、毎年、夏に行っているミニ教研の取り組みを紹介。これらの積み重ねの結果、理科分科会では討議の柱を(1)私たちは今、地球でどう生きるか、(2)地球市民としての意識をどう培うのか、(3)ソフトパス・循環社会の実現へ、という3本柱にしている、ということを紹介した。また教研活動の中から生まれた本が山口さん自身の『新版20世紀理科年表』(1998年)、『理科がおもしろくなる12話』(2001年)などの紹介もあった。
4
<<一般財団法人 教育文化総合研究所>> 〒101-0061 東京都千代田区神田三崎町3-3-20 スカイワードビルディング6F TEL:03-3230-0564 FAX:03-3222-5416