教育総研は、教育・文化や教育運動のあり方について幅広い研究を積み重ね、同時に学校現場の課題を意識しながら、今日的視点にたった政策提言を行っています。

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活動報告

 

活動報告:2006年

活動報告:2006年
2
 
ジェンダー・フリー研究委員会報告書
2006-09-03
ジェンダー・フリー研究委員会の報告書が完成しました。
 
全国「学力テスト」への見解
2006-08-31
新聞報道によれば、文科省は2007年度から全国「学力テスト」を実施することをめざして、概算要求を行ったという。教育総研は、この動きに対して、従来の教育課程実施状況調査*による実態把握を重視すべきであり、過去の全国一斉学力調査の轍を踏むことを懸念する。なぜなら、競争的な「学力テスト」は、子どもや教師を抑圧し、学力の幅を狭めてしまうので、21世紀を生きるための学力を育てられず、学校現場を画一的な指導に追い込むからである。しかも、それは、学校評価の手段として利用される可能性が高く、学校や自治体を序列化することにより、過度の競争を煽る恐れがある。

子どもたちに豊かな学力をはぐくむために、いたずらに競争を煽る手段でなく、教育課程を評価するための手立てとして、教育課程実施状況調査のメリットをさらに発展させる方向を提案する。

国民教育文化総合研究所 「学力調査」研究委員会
 
教育課程実施状況調査は、学習指導要領の定着度を測るために行われる調査である。これまで4回行われた。

1981〜83年度と1993〜95年度は文部省が実施し、2001年度(2002年)と2003年度(2004年)は国立教育政策研究所が担当した。

詳しくは、『教育総研年報2005』をご参照ください。(国民教育文化総合研究所)212〜281ページ。『教育課程実施状況調査研究委員会報告書』のお問い合わせは、国民教育文化総合研究所まで。

電話番号03-3230-0564 ファックス03-3222-5416
 
2006年国民教育文化総合研究所海外視察報告書
2006-08-30
8月30日から9月8日にかけて行った2006年国民教育文化総合研究所海外視察の報告書がまとまりました。
 
目 次
視察にあたって
I 教育総研 海外視察参加者名簿
II 海外視察スケジュール
III 海外視察報告 (デンマーク編)
   1.デンマークの教育制度概観
   2.オーデンセ市の概観
   3.ノアビヤ国民学校(Norrebjergskolen)
   4.ポールップ国民学校(Paupskole)
   5.かわりつつあるデンマーク教育:こどもたちの笑顔が続くことを願って
   6.フンデルップ国民学校(Hunderupskolen)
   7.同校学童保育(SFO)の見学
   8.現地教職員組合代表と会談
IV 海外視察報告 (フランス編)
   1.ジャン・リュルサ高校(LYCEE JEAN LURCT)
   2.フランス教組UNSAを訪問して
   3.2006年PISA調査に関する特別セミナー
V 参加者の感想
   1.日本は先行しているのか?立ち後れているのか? 福井県教職員組合 大森栄子
   2.デンマークでの教育視察で感じたこと 神奈川高教組 執行委員 佐々木克己
   3.ヨーロッパを妖怪が歩いている 運営委員 村上義雄
編集後記
 
合研究所海外視察報告書【PDF】
 
第9回教育研究所交流集会
2006-08-21
■2006年8月21日
(1)いしかわ教育総合研究所
(2)奈良県高等学校教育文化総合研究所

第9回教育研究所交流集会が2006年8月21日、各単組立研究所・単組代表者などが集まり、活発に議論・報告がなされた。

教育総研の運営と研究活動に続き、いしかわ教育総合研究所と奈良県高等学校教育文化総合研究所から報告がなされた。いしかわ教育総合研究所は教組の運動に資するものとして教育施策と教育財政の2本立てで研究をしている。金沢市は特区として小学校に英語教育を導入しているが、本年はその功罪を研究。英語嫌いとどんどん英語に進むという二極化がみられ、塾通いの加熱の状況が判明。早期英語教育の危険性がわかってきたという。奈良県高等学校教育文化総合研究所は、教育労働運動と教育内容の2本立てであるが、「私たちのユメ……子ども・保護者とともに」という視点で研究所を立ち上げた経緯や奨学金事業の報告等がなされた。奨学金は教組でしていた事業を継続したものであるが、単に継続してきたのではなく、生徒の実態を踏まえた研究をしつつのものである。生徒の生活実態の厳しさが増している状況が語られた。

その後参加した各単組立研究所・単組代表者から活動報告と課題について意見交換がなされた。研究所運営の財政基盤の確保、現場のニーズにあった研究の構築、報告書の作成、研究委員の確保など、困難な状況や工夫をしながらの研究活動、そして、教研を研究所主催にしたなど新しい報告もなされた。

教育総研には、非常に速い流れの中の教育改革・施策に対しどう向き合うべきかという視点を出したり問題提起をすべきではないか、各研究所とのネットワークを積極的にされたらどうかなどの意見が出された。こうした問題提起に応えるためにも、ホームページ等を利用したネットワークを互いに強化しなければならないと確認された。
 
第16回夏季研究集会
2006-08-19
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主 催 国民教育文化総合研究所
日 時 2006年8月19日(土)13:00〜8月20日(日)16:00
会 場 〔19日〕ホテルフロラシオン青山(表参道駅)
           東京都港区南青山4-17-5 TEL:03-3403-1541(代)
          〔20日〕日本教育会館 8F第5会議室ほか
           東京都千代田区一ツ橋2-6-2


シンポジウム PISAショックを考える
海老原治善初代所長を偲ぶ会

■分科会
第1分科会報告「インクルーシヴ教育」
第2分科会報告「若者文化」
第3分科会報告「子どもの視点に立った「不登校問題」研究委員会」
第4分科会報告「学力・格差合同」
 
第16回夏季研究集会:第1分科会「インクルーシヴ教育」
2006-08-19
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問題提起 姜博久
 
まず、DPIの姜博久さんより障害当事者として問題提起があった。一点目として、「これからの障害児の教育は障害児教育であってはならない」、つまり、「障害」から子どもを見るのではなく、一人の個人として見る必要があるということ、二点目として、子どもが友人と遊んだりする「共に生きる場」が確保されていない中で、親や教師が専門性への依存を高めている結果、子どもが親や学校の都合で「専門性」の中でのみ生活する(療育施設やヘルパー、ディサービスの利用等)ことが強いられている現状が語られた。

会場には各地から20名強が参加しており、各地の特別支援教育の状況として、概してトップダウン式に導入されており、合わせて養護学校や特殊学級の子どもが増加していることが報告された。

争点として、以下の3点が挙げられた。まず、分けないで一緒にしていくことの良さは何か?分けない場で、どのような力をつけていくのか。入試の問題が解ける力なのか、人と交わって生きていく力なのか、あるいは他の力なのか。概して「できる」/「できない」に私たちはとらわれているが、何が「できる」ことを「できる」と私たちはいっているのか、検証が必要である。また、「子どもにとって一番良い教育とは」という文言がよく使われるが、それを決めているのはあくまでも大人側である。だとしたら、それは絶対視できないものであることを念頭に置く必要がある。

次に、保護者や教員の専門家志向が強い現状について。それは子どもに対する不安の裏返しであるという意見が出された。親が変わっていく変わり目をどのように作るのかが、教師の実践に問われている。

最後に、インクルーシヴ教育とは何か。一体どのような実践がインクルージョンなのか。インクルーシブ教育は障害児のみの教育ではない。学校のあり方を問うものにならないといけない。その意味では、今までの「共に」の実践も見直して行く必要があるのではないかという意見がだされた。
 
第16回夏季研究集会:第2分科会「若者文化」
2006-08-19
問題提起 広田照幸(東京大学・若者文化研代表)
世話人  石井小夜子(教育総研)
参加者  19名

【1】問題提起(広田)
・若者文化研の趣旨紹介
・本日の討議の柱5点
(1)学校文化と若者文化:排除・取り込み・黙認
  学校は若者文化にどのように対応していけばよいのか。
(2)「自分探し」「居場所探し」と若者文化:生徒にとっての意味
  学校教育が長期化するなか若者文化は生徒にとって単なる消費行動ではない。学校文化と若者文化は生徒にとってどのような意味を持つのか。
(3)若者文化と問題行動:若者文化の秩序性と反秩序性
  大人の価値観と対立したり学校の日常を攪乱する面(秩序性)と、消費市場につなぎ止まらせ問題行動を抑制する面(反秩序性)がある。両面をどう考えるか。
(4)進路意識・進路と若者文化:夢と現実の問題
  「やりたいこと」に向けて進路を考えさせる指導や「やりたいこと」を見つけさせる指導が持つ問題がある。進路意識・指導と若者文化の関係はどうなっているのか。
(5)若者文化とどうつき合うか:まなざしと対応
  グローバル経済の圧力→労働力の両極分解を背景に「まじめに勉強しないと大変」な状況に。一方で若者文化がアイデンティティ形成に不可欠な状況も。ひたすら敵視もできず完全に許容もできない。ではどうする?

【2】自己紹介と感想(参加者)
  省略

【3】ディスカッション(結論のみ)
・若者文化と進学/就労((4)と関連)
  これまでの学校での就労あっせんの仕組みが崩れていっているなか、労働観をどう育ててゆくかが課題である。あわせて労働権や労働市場の現状について実質的な情報提供をすることも必要。若者文化を、サブカルとして切り捨てるのではなく、生徒が将来の準備をするための試行錯誤のチャンスとして位置づけてみてはどうか。
・若者文化と自分さがし((2)(5)と関連)
  若者文化には、自分探しのツール、友だちとのコミュニケーションツールといった「道具性」がある。大人が良い/悪いと断罪するのではなく、どう機能しているかを見ていかなければならない。
・若者文化と問題行動((1)(3)と関連)
  取締りや健全育成の名目で青少年文化が窮屈なものになってはいないだろうか。大人にとって「問題行動」と見えるものが実は若者の試行錯誤だったりする。そのことをふまえ、管理・干渉しすない若者の自律性をバックアップする教育を。
(文責:澁谷知美)
 
第16回夏季研究集会:第3分科会
2006-08-19
「子どもの視点に立った「不登校問題」研究委員会」
 
問題提起 山下英三郎(司会)
報 告  内田良子

本分科会は最初に山下英三郎委員長より、研究会を立ち上げた趣旨と研究委員の紹介をした後、参加者の自己紹介を行った。10人足らずの参加ということもあり、参加者の地元の現状及び各々が直接または間接にかかわった不登校の子どもへの取組みが話題となった。

学校現場は次々におりてくる教育課題に追われて忙しく、不登校のことはあまり話題にならないという。小中学校は文部科学省の不登校対策が現場に浸透し、学校復帰策もこの15年で出尽くした観がある。このため直接不登校の子どもを担当する機会でもない限り、現実に起こっている困難な課題として意識化されにくいという。また取組みのシステムがほぼ確立しているため関係者の間で対策的に取組まれ、子どもの問題として全体で受けとめ考える課題ではなくなっていること、さらに問題を先送りした結果、高校での不登校が深刻化していることなどが各県の発言から浮彫りにされた。

高知県や新潟県などでは、不登校の数減らしのために教育行政が数値目標をあげ、現場に圧力をかけている。学校での居場所を奪われて苦しむ生身の子どもたちの存在が、数の操作の対象となっていく危うさを、少人数の具体的な体験交流ゆえにリアルに見ることができた。

参加者の発言の後、山下英三郎さんから子どもの伴走者としてスクールソーシャルワークに取組んできた視点から「不登校問題」がレポートされた。1960 年代後半以降今日に至るまで、学校教育のなかで子どもたちは「問題行動」という形で異議申し立てをしてきた。これらの異議申し立て(校内暴力、非行、いじめ、自殺、登校拒否、不登校など)を分析し、学校という枠組みが子どもたちから問われていると問題提起をした。さらに子どもの不登校を受けとめた親や市民の活動や実践に触れた。フリースクールや学校外で子どもたちが学び育つ場をNPOと行政が連携してつくっているケースなども紹介された。子どもの居場所づくりに取組んでいる市民サイドの多様な試みと、学校復帰策に固執する教育をする側との認識の落差が明らかになった。

他方で子どもへの虐待やネグレクトから学校を長期欠席し、死に至るケースが社会問題化している。不登校と虐待をどう見極めるかなど現場の課題は多い。子どもたちがなぜ学校を拒否するのか、なぜ来ないのか、真摯に受けとめ、子どもの視点で取組むことがなされていたら、おのずと不登校と虐待との見分けはできていただろう。それを行わず、「休んだ子を学校にいかに戻すか」に終始してきた結果、虐待を見落とし、家庭が受けとめている不登校の子どもをネグレクトと誤解する現場になっている。学校を休めず追い込まれた子どもたちが心身に不調を起こして示す学校への不適応は、軽度発達障害と診断される傾向にあり、精神科医療や心理の領域の問題とされ専門家に委ねられていく。

以上のような現実をふまえての討論は活発になされた。担任として不登校をした子どもにどうかかわったのか、過去の実践が思い浮かび心が痛むと発言する教員もいた。現場に帰ったら今までの実践を見直し、「なぜ、子どもたちは学校へ来なくなったのか」を子どもの視点で検証したいという発言も出た。教育の現場における子どもの最善の利益とは何かを不登校から考える分科会となった。
 
第16回夏季研究集会:第4分科会「学力・格差合同」
2006-08-19
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問題提起 森山沾一、福田誠治
司 会  池田賢市
記 録  中川登志男
 
 
第4分科会は、教育における格差研究委員会(以下、「格差委員会」)と、学力調査研究委員会(以下、「学力委員会」)の合同報告という形で行われ、格差委員会からは森山沾一氏、学力委員会からは福田誠治氏が問題提起を行った。

両氏からの問題提起に先立ち、まず、各地の教育研究所および単組からの参加者より、「格差」や「学力」に関する各地の状況報告が行われた。その中では、公立高校の学区が全県一区になるなど、学区の緩和が進むことで、ますます地域間格差が拡大するのではないかといった不安や、いくつかの自治体で既に行われている学力調査や07年度に文部科学省が行う予定の全国学力調査で、その結果・点数が公表されると学校間の序列が進むのではないかといった懸念、また、経済格差の拡大と学力格差の拡大との関連は分かったが、それを指摘するだけだと、子どもたちにあきらめ感や虚無感が広がってしまわないか心配だ、などとする声が聞かれた。

一方で、いくつかの単組から、単組独自に奨学金事業を行うことで、格差社会に立ち向かう取り組みを行っていることも報告された。この他、教研集会で報告された取り組みを現場で実践しようとすると、新たな実践を「負担」ととらえてそれに消極的な現場の雰囲気があるといった声や、教育総研や各単組の研究所での研究成果がなかなか現場に伝わらないという問題について、引き続き考えていく必要があるのではないかといった意見も出された。

そうした各地からの報告を受けて、森山氏と福田氏からの問題提起が行われた。森山氏からは、2年間に渡った格差委員会において、「格差」という概念について、例えば「格差」と「差別」と「解放」とがどう違うのかといったことも含めて定義できたという意義があったほか、東京都や神奈川県などをケースとして、経済格差と教育格差との密接な関係を明らかにできたとの報告がなされた。その上で森山氏は、教育格差や差別を克服するための理論や政策、実践についても具体的な提言が行えたなどとして、格差委員会における研究成果を強調した。

また森山氏は、「シティズンシップや市民性、主体的に学ぶ力といったものが『ゆとり教育』の本当の部分ではなかったか。だが、新自由主義の流れの中では、そうしたことができなかった」と述べ、それらの地域地域での実践が「学力の森づくり」につながっていくと指摘した。

続いて福田氏は、OECDの統計で日本の貧困率が世界2位になったことや、格差委員会における研究で明らかになった、経済格差と教育格差との密接な関係などを引き合いに、小泉政治の5年間で日本社会における格差が明確になったと述べた。その上で福田氏は、国際的な学力調査PISAの結果を分析すると、フィンランドやアイスランドなど、高得点の国では、各学校内における成績の差は大きいが、学校間の格差は少なく、一方日本では、各学校内での成績の差は小さいが、学校間の格差は大きいと指摘し、日本は(成績で)学校を分けてしまうことが格差を拡大させているとの見解を示した。

また福田氏は、朝食を食べるか食べないかが成績に影響していると、各種の学力調査の結果から言われていることについて、「朝食を食べないから低学力なのではなく、朝食を食べない家庭環境にその原因があるとも考えられる。つまり、様々な要因が絡み合って格差が作り出されていると考えられる」と述べ、一面的ではなく、多面的な分析が必要ではないかと指摘した。

この後、問題提起者とフロアとの間で質疑応答が行われ、フロアから、「この高校に入るなら、試験でこの程度の点数を取らないといけないといった、受験学力的な指導を行わざるを得ない現実をどう考えたらよいか」などといった質問がなされ、森山氏から、「テストで測れる学力だけにとらわれると、地球人として生きていくのに必要な力が育たない。共同作業や共同体験などで、生きていくのに必要な力をつけるという、そういうことが公立学校に求められるのではないか」といった回答があった。また福田氏は、「PISAの調査結果からすると、日本では読書量があまり学力に反映されていない。つまり興味を持って学ぶということが行われていないのではないか。フィンランドでは、何が正解なのかをあえて分からないようにしておく。しかし、日本ではすぐに正解を教えてしまう。勉強とは嫌なもので、その嫌なものをいかにして子どもたちに教えるかという形にとどまる限りは、格差は縮まらないだろう」という見解を示した。
 
第16回夏季研究集会:シンポジウム「PISAショックを考える パートI」
2006-08-19
コーディネーター:
福田誠治(都留文科大学・運営委員)

パネラー:
末藤美津子(明治学院大学)
池田賢市(中央大学・運営委員)
嶺井正也(専修大学・代表)

(1)国際学力調査の受けとめ方
国際学力調査が質的に転換するのは、1990年代である。グローバリズムの時代に、教育行政が今や一国の内政にとどまらなくなったということである。
経済成長と学力とは深く結びつけられ、とりわけ教育の成果が技術革新を生むと見なされている。したがって、とくに理数系の学力を向上させるため、統制的・計画的な教育政策がとられることになった。このような道を選んだのは、日本やイギリス、アメリカなどである。ところが、ヨーロッパの学力向上策は、 OECDのPISAに見られるように創造性、批判的思考、自己信頼を大切にするもの注目される。また、その背景には、国境を越える学力観を作り出しつつあるDeSeCoの活動がある。

(2)イタリアの事例
PISA、 TIMSSともにイタリアの結果は芳しくない。これを受けて、イタリアでは、学力の南北間格差が議論に上がっている。北部だけをとれば、国際的な上位に相当するからである。したがって、南北間格差を生む経済格差の問題、後期中等教育の学校タイプの学力差などが改めて問題視されつつある。恐らく、経済資本が文化資本を媒介して作用するという論理が貫徹しているのであろう。したがって、ふさわしい文化活動が確保されるような社会的なバックアップが必要となるということになる。

(3)日本の事例
日本では、低学力批判、脱「ゆとり教育」という学習指導要領改訂という舞台装置ができあがっていたところに、国際学力調査の結果が報道されたので、学力の質の分析と適切な対策を論議するようには進まなかった。読解力向上にむけて文科省の動きが目立ったが、読書指導に傾いていた。その後、対策は「国語」だけでなく各教科、総合的な学習の時間など学校の教育活動全体で身につけていくべきものという変化が見られるが、学びの質を変更するほどの政策はない。むしろ、「PISA・TIMSS対応ワーキンググループ」の分析結果が政策に十分生かされていない。

(4)フランスの事例
フランスでは、PISAの結果はほぼ無視された。授業時間を増やせという動きもない。週5日制は守られており、中には週4日制という地域もある。また、7週の授業期間と2週の長期休業というサイクルも作り出されている。義務教育段階にあたる共通基礎では、学力の低い学校や地域により多くの援助を行い、「底上げ」を行っている。さらに、学力の成果について、学校や教員を制裁するような措置もない。むしろフランスの教育問題は、別のところにある。政治的には「共生」を唱えながら、『教育法典』では、「国家およびその歴史の学習を義務的に含む公民教育」と明記されており、移民問題の解決は容易でない。
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